守れ!思想のともしび
- 凜 志水
- 7月9日
- 読了時間: 4分
私がよく聞いているポッドキャスト「ラジオ屋さんごっこ」の最新回でvalkneeさんが、これまでフェミニズムの話で盛り上がったりして結託していた友人が、最近になって社会的地位を周囲に認めてもらうために結婚したいと言い出したことにショックを受けたという話をしていた。これに関連して、最近考えるところがあるので書きとめておく。
このテーマに惹きつけられたのは、私自身が現在、事実婚という形でパートナーと暮らしているという背景がある(事実婚の規定については色々あるが、現時点での私はパートナーの世帯に「妻(末届)」として入っている状態)。もともと相手も形にこだわるタイプではなかったし、私も誰かと暮らすことに関心があって、それがたまたま今のパートナーになっているという感覚だ。けれども、周囲に説明する時にはその感覚だけではなかなか通用しない。特に「男女が一緒に暮らす=結婚」という発想が時代によって刷り込まれている人たちには。
私は今の立場上、自分の苗字を維持したいので、現行の婚姻制度ではできれば結婚したくないと思っている(相手が私の姓に変えることももちろん二人の間で話に上がったが、彼が長男ということがあってなかなか実現が難しかった)。この私の考えを説明するのに一番骨が折れたのが、自分の両親だった。両親は私が「普通に」結婚する、つまり姓を変えるとばかり思っていたんだろう。普段は自由にしなよ、という彼らでさえ、やんわりと「向こうの姓にした方がいい」と伝えてくるあの感じ、今思い出しただけでも結構精神がすり減る。なぜここまですんなりといかないのかな、と考えた結果、彼らもこの事情を周りに説明するのが大変だからだ、という結論に至った。「娘さんは結婚してらっしゃるんですか?」と聞かれたとき、いちいち「結婚してるといいますかしてないといいますか...事実婚ということになってるらしくて...」と言うのが面倒なんだと思う。
これに気づいた時、これまで「苗字を変えたくない」という自分の信念がかなりグラついた。私一人だけの「こだわり」で、こんなに周囲に面倒かけてしまうのか、と思ったのだ。私一人が我慢すれば万事OK、という思想こそ女性を社会的に抑圧してきた内面化の一つであるのだから、今思い返せば屈しなくてよかったと思っているが、やはり当事者になるとなかなかキツイ。父に、「なんでそんなに苗字を変えたくないんだ、その理由はなに?」と聞かれた時は、自分の苗字が変わることなんて一度も考えたことのない人の質問すぎて驚くと同時に、私の考えを「面倒なこだわり」と感じている節が見受けられてショックだった。実際、心もかなり折れかけた。しかし幸い、私にはパートナーの支えだったり、大学院で哲学や政治思想を研究しているという背景の後押しがある。だから私は父に、面と向かって自分の思考の核を伝えたのだ。「私は家父長制に反対しているから」と。父はそこに私の覚悟を見てとったのか、それからは何も言わなくなった。
その時、思想って火みたいだ、と思った。
各人がそれぞれに宿している火。周囲からの逆風によって揺らいだり、消されたり。火力はさまざまで、もともと轟轟と燃やせるバイタリティを持っている人もいれば、周囲の援助や知識の蓄積によって燃料を補給できる人、蝋燭一本の灯火を維持するので精一杯の人もいるだろう。私は父に問われた時、自分のフェミニズムの火にブーストをかけた。これまで読んできた研究書や人と交わした会話がたまたま燃料となって、強火な言葉を発することができたに違いない。でも、全員がこうやって火を強く燃やせるとは思えない。周囲の逆風が強すぎたり、もともとの火力や燃料に恵まれない人もきっと多くいる。
かといって、常に強火がいいわけでもない。旧Twitterを見ていたらわかるように、強い火力には強い逆風が吹いて、炎上し、そのまま消失に向かうケースを幾度となく目にしている。実際、ずっと政治的な発言をしていたSNSが急にピタッと更新をやめたりするのを見た時、ああ、燃え尽きてしまったのかも...と悲しくなる。思想や思考は手放すとその人の中ではあっさりと消えてしまうからこそ、ほんの小さな灯火でもいいから、抱いていてほしいと思う。それこそvalkneeさんのご友人も。
私の母は、いわゆる昔の一般的な女性のライフステージの枠組みを外れることなく歩んできたものの、昭和の男尊女卑についての鬱憤は私に時々こぼしていて、それが今の私の思想燃料になってもいる。母が細々と燃やし続けていた想いが、私に託されたような気がしている。必ずしも大きな火力じゃなくていい。自分の火力を知り、周囲の風に柔軟に対応しながら、自分の中の灯火が消えないように守ることがなによりも大切だと思う。ある時にだれか一人にでも火種を飛ばすことができれば、それが後に大きな革命の炎になりうるかもしれないから。
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